黒田倫弘「Starting Over」
4月1日アルバム「Starting Over」リリース!


音楽ライター・藤井徹貫さんより


 12作目のアルバム。干支がひとまわりしたようなもの。そこで『StartingOver』。再出発。──という事かな、なんて勝手に思いをめぐらせています。
 そして、アルバムを聴きながら、クロリンの原点に刻まされているだろう言葉、Leap Before You Look、が何度も何度もよぎりました。
 そう、君は、あの日から常に、今も、その言葉を貫いてきた。でも、貫くって簡単じゃない。その言葉が時には足枷になり、時には翼になっただろうけど、手放さなかったって事だから。言葉を行動で表し続けると、やがて精神になる、それが貫くって事だと、このアルバムは歌っているように聴こえます。スピリットがあるんだよね、このアルバムには。
 1曲目に表題曲。冒頭から答え(らしきもの)が出てくるところもイカしてる。今、歌いたいのは、こういう事だと、最初に宣誓しているようなものかな。そのくせ、高らかではないStarting Over。語り尽せぬ諸々が、あの声に詰まってた。いろいろなジャンルの音楽を取り入れる「幅」は、このご時世、あたりまえになっちゃったけど、あの声が持っている「深さ」は、しっかり生きてきた人、自分の足で迷ってきた人のリアリティーだと思いました。もちろん、歌そのものがいいから、あの肝というか、臍が際立つんだけど。
 「6月のパレット」。いい詞でした。特に、キャッチボールしている親子のくだり。あの光景が何を言わんとしているか、急いで穿つ事はないと思っています。どうしてクロリンの目にあの光景が焼きついたのか、どうして僕の胸にあの光景が居座ったのか、答えはきっと深い深いところにある。きっとスピリットと呼ばれてる場所の付近にある。だから、急がずに手探りします。上から目線で申し訳ないけど、こういう一瞬を歌詞に綴れるとは、クロリン成長したんだな、と感服しております。
 アルバムを聴き進めながら、もうひとつ思ったのは、渋いのかチャラいのか、真面目なのかエロいのか、硬いのか柔らかいのか、謙虚なのか不遜なのかって事。その昔、「七つの顔を持つ男」ってキャッチフレーズの探偵がいたり、ミル・マスカラスに至っては、七つどころじゃなくて、「千の顔を持つ男」と呼ばれたけど、このアルバムの中のクロリンもそんなかんじ。しかしてその正体は!?みたいな。アーティストや舞台に立つ人を形容する場合も、そういう人たちが自ら口にする場合も、「自然体」「等身大」って言い方が、ぼくは好きじゃないから、そう言わないけど、人間だもの、いろいろあって当然だし、なきゃ不自然だし、いよいよもって愛すべき男に
なったなー、と思えました。
 でもって、アルバム・ラストの「ピーターパンになれなくたって」もグッときました。愛すべき男の愛すべき誓い。遥か地平線まで広がる荒野に独り立ち、砂まじりの風を真正面から浴びながら、低い空を駆ける暗雲を睨みつけ、ふところから抜き出した青く光る剣、SPIRITと呼ばれるそれを、大きく振りかぶり、グサッと大地に突き刺すような1曲。
 人は、たいがい尋ねたがるものです。「どこへ行くの?」と。だけど、もっと大事な事がある。行くのか戻るか。進むのか進まないのか。行けば、必ずたどり着く場所がある。進めば、必ず足跡は延びる。行けるところまで行くのも人生、生けるところまで生きるのが人生。このアルバムで、そんな気持ちになれました。ありがとう。行けるうち、生けるうちは、いこうじゃないか、お互いに。