黒田倫弘「VANILLA SKY」

「VANILLA SKYをきいて−黒田倫弘を甘く見ていた訳ではないが−」 藤井徹貫

黒田倫弘は昨年がソロデビュー10周年だった。ここまでに8枚のアルバムと16枚のシングルをリリースしてきた。その全作が名作であり、全曲が名曲であったなんて云わない。作詞作曲を本格的にはじめたのはソロになってからだ。頭の中で鳴っている音や胸の中でくすぶっている思いをうまく形にできず、モンモンとしている曲もあっただろう。音楽の定石が身につきはじめると、頭でっかちになってしまった曲もある筈だ。
 が、それもまた成長の証。道は平らでないほうが歩き甲斐があるってもんだ。
 そうした足跡の先に9thアルバムとなる今作『VANILLA SKY』はある。歌のみならず、アレンジやサウンドも含め、黒田倫弘というアーティストが成長期を満了し、成熟期に入ったことを示している。新たなシーズンの黎明を告げている。1曲目の「Good Night Evolution」から早くも成熟度がひしひし伝わってくるではないか。凄いぞ、クロリン!ジョリジョリしたギターも、ドラマチックなアウトロも、雄弁に歌の主題を語っている。クロリン型ディランだね。食いついてしまったよ。
 ここで云うところの成熟とは何か。青春という檻から解き放たれることだ。
 人生においてもアーティスト活動においても、青春時代は誰もが期間限定の特別免許を持つ。無責任も虚言癖も許される。しかしながら、やがてその免許は効力を失ってしまう。だから、生き方は2つに1つ。青春ぶるか、現実を背負うか。青春という檻の中で暮らすか、広い荒野へと飛び出すか。
 現実を背負わないアーティストは、作る歌にも奏でる音にも、青春免許が失効してしまった嘆きだけが色濃くなっていく。ところが黒田は、ところが本作は「Good Night Evolution」からアルバムラストの「my song for you」まで、歌も音も嘆きながらもたくましい、嘆きながらもたのもしい。
 「ギリギラサマー」。曲名を見た瞬間、青春まっさかりのアゲポヨソングだと、聴く前から想像してしまった。ごめんよ、クロリン。違うんだね。心に棘がささって痛い歌だった。生涯若者ではいられないけれど、生涯若輩者である黒田が右往左往している。そう、人間は右に左に、あっちにこっちに、ブレながら生きてんだ。「翼」「こぼれる太陽」。聴いてほしい、ポテンシャルを制御する術を心得た歌を。酔いしれてほしい、自分の足跡をしっかり刻んできた者の歌に。エクトプラズムじゃないけれど、黒田の口から煙状の歌が出ているのが見えるだろう。いや、必ず見える。
 あの青二才がここまで説得力を持つようになるとは…。泣き笑い歌いたくましくなってきたんだな、泣き笑い歌いたのもしくなってきたんだね、君は。
 本作中では異色と云っていい「99BLOOD」もおもしろい。アルバムの流れの大きなアクセントになっているから。ヴィジュアル系サウンドというか、アニメ主題歌的というか、歌にそういうコーティングができるのも、黒田の懐が深くなった証明。この歌の本質がアーモンドなら、仰々しいサウンドはチョコレート。そのチョコの質や量さを可変させながら、「Hello! Hello! Hello!」「Rock'n Roll Joker」へと転がって行くところもまたおもしろい。しかし、この際だからいっそ、黒田版少女時代や黒田型KARAくらいの、アーモンドのないチョコだけの楽曲が1曲くらいあっても良かったかもしれない。ま、それはこの先の楽しみに取っておくとしよう。
 ところで本作には、「VANILLA SKY」という曲はない。しかし、アルバムタイトルの意味は、訊かず明かさず書かず。それが本作にたいするぼくの最大の敬意であると思うから。この気持ち、アルバムを聴いてもらえれば、きっと賛同してもらえると疑わない。

 


「Good Night Evolutionは静寂と狂気が同居した黒田倫弘の傑作である。」 棚橋和博

Icemanでソロ活動をスタートさせてからジャスト10年を経てリリースされる、新たなる第一歩──新章の幕開けとなるアルバム、『VANILLA SKY』が完成した。当初制作前に、「いい意味でいい加減に作りたい」との発言をしていた彼だったが、その冒頭を飾る一曲目『Good Night Evolution』が、聴き手の安易な期待などどうでもいいよと思えるほどの素晴らしさで、思わず拳を強く握りしめてしまった。
シンプルで、そして淡々と押し寄せるこの曲は、静寂と狂気が同居した、黒田倫弘の傑作である。
歌詞そのものに意図的なメッセージはない。でも、箇条書きのような、それぞれの歌詞と、このオルタナティヴなサウンドに耳を傾けていると、「今日も頑張ったな」と、すべての命ある者の背中をさすっているような、そんな、大きな大きな愛を感じる。
Icemanはキラキラとした十数年前の時代や音楽シーンが見事に反映されたデジロックユニットだった。黒田倫弘はわけもわからず、ただの憧れだけでそこに身を委ねた。自信や根拠があったわけではないだろうが、ただの一曲もソングライトしたことのない、ちょっと歌のうまい、見てくれのカッコいいひとりの男が、約束された大きな道を自らの意志で外れ、本当に、たったひとりで大海を泳ぎ出したのだ。泳ぎ出したはいいけれど、実は泳ぎはそんなに得意じゃなかったのか、まったく泳げず、おぼれかけ、途中で誰かが小さな船を出し、助けてくれたのか、それはわからない。ようやく辿り着いたのは"10周年"という、ちょっと安堵できる陸地だった。
今は泳ぎもそれなりに身につけ、逞しくなった黒田倫弘。
ほんの少しの余裕、体力、気力とともに、やわらかな笑みを浮かべ、再び泳ぎ出した。この再スタート地点で奏でた『Good Night Evolution』。
「やるじゃないか、黒田!!」──さらに長い付き合いになりそうだぜ!!

インタビュー雑誌「interview filw cast vol.44」より
http://www.joyfultown.jp/cast/